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向きなほつて云つた正文の声音は穏かではあつたが、その言葉とは不似合な強したゝかな調子があつた。
「どれ一つ診ませうかな。――ふうむ、これあどうしたのかね、ハッパでやられたのか」
徳次は指で真似をした。
その「含有量」といふ言葉は富田が昨日聞き覚えたばかりのものだつた。
「今日は士曜日で、半休だからね」
房一は微笑しながら答へた。彼はそのとき、今日が自分にとつてのはじめての往診だといふことを思ひ出した風だつた。その内心の悦ばしさは厚ぽつたい唇のはしに押へきれず浮び、いくらかはにかんだ風に見えた。この羞はにかみの色は浅黒い饅頭のやうな房一の顔に現れたものだけに、何となく滑稽な感じだつた。
房一は擽くすぐつたさうな顔をしていた。
川では鮎漁がはじまつていた。
「消防演習だ?ふむ、よからう。そんなら訊くが、かうしてみんな集つて騒いでいるのは何のためだか知つてるか」
ときは房一を見ると、殆どすがりつきさうになつた。そして、口をひきつらせ、上半身を揉むやうにして訴へかけた。
そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、
男はじろじろと房一を見ていた。
勿論、その時代には温泉宿にかぎらず、すべての宿屋が大抵古風なお粗末なもので、今日の下宿屋と大差なきものが多かったのであるが、その土地一流の温泉宿として世間にその名を知られている家でも、次の間つきの座敷を持っているのは極めて少い。そんな座敷があったとしても、それは僅わずかに二間か三間で、特別の客を入れる用心に過ぎず、普通はみな八畳か六畳か四畳半の一室で、甚だしきは三畳などという狭い部屋もある。
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